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命のバトン
- 2015/02/24(Tue) -
日本電動車椅子サッカー協会の次期会長立候補の公約についての質問を藤井さんから頂きました。ありがとうございます。

2000年のエルピダ開業初年度の11月30日に書いた文章です。


下別府01


「下別府 拓生君へ」          2000年11月30日 有限会社 エルピダ 代表 中村 亮太 

突然、お別れの時が訪れてしまって、ビックリしています。
上手く気持ちの整理がつきません。
拓生君との出会いは電動サッカーの試合が在った王子の体育館でした。
1999年3月から電動車椅子を作ることを通して、拓生君とお母さんとの出会いがスタートしました。
私としても拓生君との出会いが
ユーザーの願いを少しでも形にしよう!可能性を引き出せるようにと、そのことに集中して一生懸命大改造に取り組んだ大きな節目となる仕事でした。
改造の仕事は、何度も工房にお母さんの運転で足を運んでもらって5月の全国大会の予選会にギリギリ間に合いました。
国立の障害者スポーツセンターまで試合を見に行きました。
試合は拓生君がゴールを決めて、PKも決めて大活躍でゴール電ファイアーズが勝利しました。お母さんも飛び上がって大喜びで・・・
この仕事に巡り合って、本当に良かったと思えた瞬間でした。
私も、そのような出会いに支えられて、この仕事で今年の5月に独立することになりました。
そして、今年の2000年は、予選突破できずに全国大会に行けなかった昨年の雪辱を果たして、堂々と予選突破して全国大会出場!本当に頑張りましたね。おめでとう!
そんな気持ちで一杯でした。
全国大会も終わって、来年の目標に向かってまた、頑張るんだろうなと思っていた矢先の出来事で・・・
本当に残念です。でも拓生君との出会いは私の人生にとって大きなものでした。肉体は誰も有限ですが、心は永遠です。君との出会いがもたらした志は私の心の中に生きつづけます。そして、障害者の夢を叶えてゆくでしょう!
出会えたこと、本当にありがとう。決して忘れません。
最後に、お母さん、本当にご苦労様でした。
素晴らしい親子です。これからの人生も拓生君の分も幸せに力強く生きて下さい。

 下別府03

「本当の対話」      高校2年(1997年当時) 下別府拓生くんの作文です。  

「ピッ、ピッ」試合終了の笛がフィールドに鳴り響いた。1997年9月第1回電動車椅子サッカー関東選手権大会決勝。4対1の負け。その瞬間、副キャンプテンでありゲームリーダーでもある僕は、まわりを見渡した。そこには、敗戦にもかかわらず、堂々と胸を張り、満足そうなほほえみをたたえた、わがゴール電ファイアーズの11人の仲間達がいた。このとき僕は、本当にチームのみんなの心が一つになったんだなあ、と強く感じた。しかし、ここまでの道のりは、けっして、平坦なものではなかった。

ゴール電ファイアーズの結成は4年前。当時のメンバーは、今の半分にも満たない5名で、1チーム4名で行う電動サッカーのチームとしては、ぎりぎりの人数だった。でも、そのころは、へたくそなりにも和気あいあいと、月2回の練習や、都内の似たようなレベルのチームとの練習試合をみんなで楽しんでいた。しばらくしてくると技術もどんどん上達して、結成2年目には、大阪で初めて行われた全国電動サッカー大会にも、参加した。このころから、メンバーも徐々に増え、第2回全国大会では、ついに全国大会初勝利をあげ、まさにゴール電ファイアーズの前途は、順風満帆のようにみえた。しかし、そのころから僕はチーム内に、ある違和感を感じるようになった。チームが強くなるにつれ、「そんなに、勝とう勝とうじゃなくて、もっと楽しくやろうよ」という声がでてきたことだった。確かに、よくチーム全体を見渡してみると、レギュラー選手と控え選手の間に大きな溝ができていた。大会に出るからにはどうしたって勝ちたい、となれば試合に出る選手はどうしても固定されてしまう。そうすると必然的に半数以上の選手は試合に出る機会がほとんどなくなってしまう。スポーツは、やはり試合に出なくてはおもしろくない。練習でも、みんなあまり声も出なく活気もなくなっていた。こんな重苦しい状態のまま、第3回全国大会(1997年6月)が、目前まできていた。目標は、もちろん前回以上、あわよくば優勝を……と僕はひそかに思っていたが、今のチーム状態ではとてもとてもである。僕は、ミーティングで思い切ってみんなに「楽しくやることも確かに大事だと思うけど、やっぱりサッカーで1番の喜ぴはなんといっても勝ったときじゃないか。でもこれは、俺がレギュラーだから言っているんじゃなくて、たとえ控えになってもフィールドにでているとき以上に声を出してベンチからも戦うつもりでいる。だから、チームが一つになって全国大会にのぞもう」と言った。僕は、心から控え選手一人一人の気持ちになって話したし、みんな僕の気持ちをわかってくれたように思った。

いよいよ名古星で大会の幕が切って落とされた。ぼくは、燃えに燃えていたし、勝ち進む自信もあった。しかし、いざフタをあけてみると、1回戦はからくも2対1で勝ったもののチームの雰囲気は相変わらず重苦しく、2回戦は前半から一方的に攻められて、4対Oとなったところでメンバーが大幅に入れ替わり、僕もベンチに引っ込んだ。僕はふがいなさと、ベンチに下げられた悔しさとでなかぱ放心状態のまま、気がつくと6対0で試合終了の笛がなっていた。

暗く沈んだ東京への帰り道、僕は、大会前にミーティングで、みんなに言ったことを思い出していた……レギュラーも控えもみんな一つになって戦おう……と。ところが、自分がペンチに下げられたとたん、なかば試合を投げ、味方に一言も声援を送らなかった自分がいた。控え選手の気持ちもわかるなどと偉そうなことを言っておきながら(本当にわかっているつもりだった)、いざ、ベンチにさげられたとたん……。結果的には、口先だけだったということだし、事実チームメイトもそう思ったに違いなかった。

全国大会後、練習が始まってからもチームの雰囲気は最悪だった。僕も、腹を割って、自分が反省したことをもう1度みんなの前で話すべきだと思ったが、あえてなにもいわなかった。しかし、自分の中で、ひとつだけ決意したことがあった。「そのこと」は、簡単なようで、いざやってみると目分にとってかなり大変なことだった。しかし、なんとかがんばって1回1回の練習や試合で「そのこと」を続けていくうちに、チームに少しずつ活気がよみがえってきた。さらには、控えのメンバーのやる気が目に見えてでてきたのだ。そうすれば、レギュラーも、うかうかしてはいられない。チームがどんどんいい方向に回転し始めた。

そして、あの全国大会での苦い経験から4ヶ月後、第1回関東選手権でゴール電ファイアーズは、破竹の快進撃で勝ち進み、冒頭に記した結果を納めたのである。そこで、この4ヶ月間僕が決意して行ってきた「そのこと」とはなにか(などと大げさにいうのも恥ずかしいほどのことなのだが)。それは、「練習や試合で、最初から最後まで誰よりも声を出そう」ということだった。プレーしていても休んでいても、試合に出ていてもベンチにいても、である。やってみるとかなりきついことだったが、全国大会前にみんなに言ったことを、遅まきながらではあるが、まず、本当に自分からやってみようという気持ちだった。

口でいくら真剣に対話してもダメだったことが、たった4ヶ月の間に、しかも、口で何も対話しなくとも、自分がそれを先頭になって行うことだけで、みんながそれに答えてくれた。自分が声を出し、元気を出すことによって、少しずつみんなの声や元気が出始め、そして、チームにも勢いがでてきた。チームの姿勢というのは、元を返せば、リーダーの姿勢だったんだなあ、と思った。逆にいえば、チームに活気がなかったり、チーム内に溝ができてしまったというのも、勝つことや自分のプレーだけに執着していた自分のせいだったのだと感じた。

結局、本当の対話とは、口先だけで話し合うのではなく、お互いの態度や行動、姿勢によって伝え合うものなんだなあと、ぼくは深く心に刻み込んだ。

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次期会長立候補の公約

命といのちが出会い別れることによって、託される切なる願い・いのちがある。そう感じています。
下別府君との出会いから16年間、一生懸命に集中して多くの電動車椅子サッカー選手の願い、そしてご家族の願いに応えてきました。
そして、また多くの電動車椅子サッカー選手に、ご家族に支えられ助けられ導かれてきました。
16年間、毎日毎日、みなさんがどれほど電動車椅子サッカーが大好きで、命懸けで取り組んでいるかを強く感じてきました。そんな皆さんの大切な人生の大舞台である電動車椅子サッカー競技を支え、守り、発展させてゆく責任を、いのちのバトンを託された者として果たしてゆきたいと願っています。
この志・覚悟をもって日本電動車椅子サッカー協会会長のはたらきを担います。
これを持って公約とさせていただきます。

下別府拓生君のページ
http://www.interq.or.jp/sun/elpida/shimo.html


ではまた




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